TSHIMA 御蔵島

ネイチャーフォトグラファーが撮る 雄大な自然と人びとが共存する「御蔵島」

ネイチャーフォトグラファーが撮る 雄大な自然と人びとが共存する
「御蔵島」

竹芝ふ頭からフェリーで約7時間半。東京から南へ200km、三宅島の南18kmに位置する御蔵島(みくらじま)は、「野生のイルカが棲む島」として知られる。だが、島の魅力はイルカだけにとどまらない。2人の著名なネイチャーフォトグラファーとともに御蔵島を訪れ、“海と山”をテーマに圧倒的な自然の姿を活写した。

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豊かな水が育んだ神々しい自然

伊豆諸島有人島の1つ、四方を断崖絶壁で囲まれた御蔵島。当然ながら天然の良港はなく、北西部に突き出た桟橋が船との唯一のアクセスポイントとなっている。東京からの定期便は1日1往復あるものの、晴れていても風の影響で接岸できないことも多い。

四方を断崖絶壁で囲まれた御蔵島
御蔵島の外観

それでも、この島はたくさんの人を惹きつけてやまない。人口300人ほどの小さな村に、2022年には年間5258人の観光客が訪れた。今や島の代名詞となったイルカウォッチングだが、それと並んで手つかずで残る自然が人びとを魅了する。 海上から見る御蔵島は海に浮かんだ森のようでもあり、しばしば“東京都の秘境”と呼ばれる。雄大な自然を育んできたのは、恵まれた水資源だ。年間降雨量の多さに加え、黒潮によって運ばれた暖かい風が海蝕崖にぶつかって一気に上昇して上空で冷やされ、高頻度で濃霧が島の山間部を覆う。このため木の葉や枝についた霧が水滴となって雨のように流れ出る「樹雨(きさめ)」が発生。潤沢な地下水が蓄えられ、島民は水に困ることはない。断崖のあちこちから滝が海に流れ込むのも御蔵島ならではの光景である。

濃い霧に覆われ、神秘的な雰囲気の御蔵島
濃霧に覆われた島の山間部
御蔵島の水の豊富さを物語る崖から流れ落ちる滝
断崖から海に流れ込む滝

水は樹木にも恩恵を与えた。御蔵島は全国でも有数の巨樹群生地であり、いたるところに原生林が広がる。幹の周囲が14メートルもあるスダジイ(大ジイ)が根を張る南郷の森は山歩きの入門コース。これらの巨樹群を見るために足を運ぶ観光客も数多い。ツゲとクワは古くから島の特産品になっており、希少な最高級木材として取引されている。

御蔵島に群生するスダジイ
幹の周囲が14メートルもあるスダジイ

御蔵島と神津島にのみ生息するミクラミヤマクワガタ、御蔵島固有種の蝶、ミクラクロヒカゲなど昆虫も個性豊か。植物も負けてはいない。比較的行きやすい場所でも絶滅危惧種のサクユリやハチジョウコゴメグサ、オオタニワタリなどが自生し、山に登ればショウジョウバカマなどの高山植物にもお目にかかれる。かつては島の随所に咲いていたニオイエビネは乱獲の影響でほぼ絶滅したが、島ではわずかに残った野生種を集めて「えびね公園」で大切に保護している。

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人懐っこいイルカとの素敵な関係

現在、島の周辺には130〜150頭もの野生のミナミハンドウイルカが棲み着いていると言われる。島を一周するイルカウォッチングツアーで高い確率でイルカと遭遇できることから、今では島の主要観光資源となっている。

水面付近で泳いでいる3匹のイルカ
御蔵島に生息するミナミハンドウイルカ

なぜ、御蔵島周辺にこれだけのイルカが棲んでいるのか。そこには、先に挙げた山々からのエコシステムが深く関係している。さまざまな動植物の営みによって養分を蓄積した水が海に流れ出て、周辺の海域が豊富な餌場になるからだ。ツアーではわんさか逃げ回るトビウオが頻繁に見られるが、トビウオはミナミハンドウイルカの好物の1つ。餌を追い込むイルカを目にするのも珍しくない。 御蔵島のイルカ観光が誕生したのは1990年代前半のこと。三宅島を訪れたダイバーによって、イルカと一緒に泳げる口コミが広まったのがきっかけだという。島民にとっては、昔から当たり前の存在だったイルカがよもや観光資源になるとは思ってもいなかったそうだ。降ってわいたイルカブームを受け、1993年には本格的に商業サービスを開始。東京都産業労働局観光部の統計によれば、1985年には2500人程度だった観光客が1997年には6000人にまで膨れ上がり、まさに“イルカの島”として一躍有名になった。

岩場の海底でカメラの前を横切る10頭以上のイルカの群れ
一度に多くのイルカを目にすることができるのも、御蔵島ならではの魅力だ

何と言っても醍醐味はミナミハンドウイルカと一緒に泳げるドルフィンスイムだ。御蔵島にはフレンドリーな個体が多く、人やカメラに興味を示して目の前まで泳いできてくれることもある。ときには、10頭以上の群れが大挙して寄ってくる。

カメラを見つめる2匹のイルカ。1匹はさかさまで泳いでいる
さかさまになって泳いでいるイルカは、「カメラマンに興味を示して見つめている」と、同行したガイドが語っていた

御蔵島ではボンベを背負ったダイビングは禁止されており、シュノーケリングによる遊泳のみが許されている。ツアーは午前と午後の1回ずつだが、船上から降りての遊泳は最大8回までに制限。海の状態次第で出航しないことも日常茶飯事で、人間の都合を優先することはない。もちろん、餌やりや接触はご法度であり、イルカが嫌がっていたら近づかない。こうしてイルカのストレスを極力なくし、お互いが心地よい距離感を保てるように努力を重ねている。 イルカを見守る活動も特筆すべき点だろう。1994年から開始した個体識別調査は現在も続けられ、体のキズなどの身体的特徴を手がかりに名前を付けている。取材班がイルカウォッチングで出会った「ジョー」と名付けた個体(メス)は、背びれが欠けているのが目印。ツアーガイドが「あ、ジョーがいた!」と瞬時に認識していた様子が印象に残る。イルカの窓口となるガイドたちは、ある程度の個体を見分けられるというから驚きである。

撮影時に目の前まで泳いできたイルカを激写した様子
目の前まで近づいてきたイルカとその後ろからこちらを覗き込んでいるイルカ
水面付近を泳ぐイルカの群れ
御蔵島の海を優雅に泳ぐイルカたち
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かつては島民の命を支えたオオミズナギドリ

御蔵島は、世界最大級のオオミズナギドリ繁殖地としての顔も持つ。地元ではカツオドリの名で親しまれるこの鳥は、毎年2月〜11月まで島で子育てをする渡り鳥だ。成鳥は羽を広げると1メートルを超える立派な体躯をしており、伊豆諸島を往来するフェリーからも群れを拝むことができる。海面すれすれを飛んで魚を捕まえる姿は、優秀なハンターそのものである。

水面に浮かぶもう1羽の近くに着水するオオミズナギドリ
着水をした瞬間のオオミズナギドリ

ところが一転、陸ではドタバタするのがこの鳥の可愛らしさ。何と、自力では飛び立てないのだ。飛び立つときは羽をばたつかせながら一生懸命に木に登り、高い場所からグライダーのようにして出発する。そのため、原生林の根元に巣穴を掘って棲んでいる。昼間は海上で餌を捕獲し、人が寝静まった夜中に巣穴に戻るため明るいうちに島内で目にすることはできないが、スダジイの根元にある巣穴を観察することは可能だ。

原生林の木の根元に掘られたオオミズナギドリの巣穴。白い羽根が落ちている
オオミズナギドリの巣穴

そんなオオミズナギドリは、かつて島民の貴重なタンパク源として重宝された。絶海の孤島だった時代には、外部から肉を入手するのは至難の業だったからだ。ただし、貴重な命をいただくことに感謝し、肉はもちろんのこと、羽毛、脂、骨に至るまですべて有益に活用。そのうえで自主規制を設け、みだりに獲らないことを心がけてきた。 それでも減少に歯止めがかからない。1970年代には175万~350万羽も生息したと推定されているが、近年では約10万羽までに激減。2022年に行なった環境省のモニタリング調査※によれば、前回の2016年に比べて繁殖巣数が大幅に増加するなど回復傾向にあるものの、全盛期には到底及ばない。現在は準絶滅危惧種に指定され、御蔵島村の各種保護条例や東京都版エコツーリズムなどによって、イルカやほかの動植物とともに手厚く保護されている。

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群れになって飛ぶオオミズナギドリ
海面付近を大群で飛び回るオオミズナギドリの群れ

近年の減少要因としてはノネコの存在がクローズアップされている。人間によって御蔵島に持ち込まれたイエネコが森で野生化し、オオミズナギドリを捕食することが山階鳥類研究所らの調査によって明らかになった。2020年の発表では、御蔵島のノネコは1年間で1匹当たり平均313羽を捕食すると推定された。ほぼ毎日、1羽のオオミズナギドリが犠牲になっている計算になる。 そこで昨今、ノネコを捕獲して島外の希望者に譲渡する里親プロジェクトが進められている。本プロジェクトではボランティア団体の「御蔵島のオオミズナギドリを守りたい有志の会」が大いに尽力。野生化したネコは数百匹と見られるが、これまでに200匹を超えるノネコに飼い主が見つかった。ちなみに島民も積極的にノネコを受け入れている。御蔵島の貴重な生態系を守り抜くために、今後も地道な活動は続く。

カメラをじっと見つめる茶トラ
御蔵島の島民によって飼われているネコ
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不便さを楽しんでこそ御蔵島の本質が見えてくる

御蔵島には集落がたった1つのみ。桟橋から急峻な坂道を登った先、島の北西部に御蔵島村の住民が肩を寄せ合って暮らす。そもそも平坦な地がないため、住居に適したわずかな土地を少しずつ切り拓いて村を形作ってきた。先に触れた巨大なスダジイがある南郷地区にもかつて集落があったが、今は廃村になっている。 「狭い場所に凝縮されているからこそ、人びとの結びつきが強いんです」。御蔵島観光協会で事務局長を務める小笠原 樹(いつき)氏はそう語る。東京で生まれ育った小笠原氏はイルカの魅力に取りつかれ、ツアーガイドを目指して移住。2021年から観光協会に入り、島の正しい情報発信に努めている。

御蔵島の歴史が感じられるたくさんのモノクロ写真が壁一面に飾られた部屋で語る小笠原さん
御蔵島観光協会 事務局長 小笠原 樹 氏

「御蔵島はほかの観光地とは異なります。宿泊施設や飲食店が限られていますし、コンビニもスーパーもなく、小さい商店が2つあるだけ。夜になれば島全体が静まり返ります。船の接岸率も高くないですから、不便であるのは間違いない。でもその不便さを楽しんでほしいと思っています」(小笠原氏)

御蔵島観光資料館内にある集落案内図。黒板に手書きで集落の地図が描かれている。
御蔵島の集落案内図

もとから島に住む住民たちも不便さを受け入れながらのんびりと過ごしている。坂道だらけの里の中は息を切らしながら歩かねばならないが、まったりとした空気に癒やされて疲れを感じることもない。小笠原氏は「御蔵島の豊かな自然を守るための行動を心がけ、そしてそこに住んでいる人たちがいるということも忘れずに観光してもらいたい」と話す。 畑で採れた新鮮な野菜をおすそ分けしたり、里中の商店で出会った際に言葉を交わしたり。イルカ観光が柱になってからは小笠原氏のように若い移住者が増えたが、ネイティブの島民たちはオープンに交流してくれるという。その懐の深さも居心地の良さを生む要因だ。

御蔵島から望む美しい夕日
目の前に広がる地平線に沈んでいく美しい夕日

「御蔵島の人たちは、目の前にあるものをなくさないように使います。それが豊かな自然と独自の文化を守ることにつながってきました。観光協会としても、島の人たちのそうした思いを次世代に引き継いでいきたいですね」と小笠原氏は語る。レジャーや消費だけに左右されない贅沢な旅を体感したいなら、ぜひ御蔵島をお勧めしたい。

雄大な自然を自由に泳ぐイルカの群れ
海中を横切っていく沢山のイルカの群れ

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プロフィールの写真

カメラマンプロフィール

高砂 淳二 氏(右)

1962年、宮城県石巻市生まれ。ダイビング専門誌の専属カメラマンを経て1989年に独立。世界中の国々を訪れ、海の中から生き物、虹、風景、星空まで、地球全体をフィールドに撮影活動を続けている。2008年には、外務省主催・太平洋島サミット記念写真展「Pacific Islands」を担当。TBS「情熱大陸」、NHK「SWITCHインタビュー」をはじめ、テレビ、ラジオ、雑誌等のメディアや講演会などで、自然のこと、自然と人間の関係、人間の役割などを、幅広く伝え続けている。自然写真の世界最高峰といわれる「Wildlife photographer of the year 2022」“自然芸術性”部門で最優秀賞を受賞。みやぎ絆大使。海の環境 NPO 法人“The Oceanic Wildlife Society” 理事。

https://junjitakasago.com/

柏倉 陽介 氏(左)

1978年、山形県生まれ。主な撮影分野は自然風景、人物、野生動物、環境保護など多岐にわたる。ナショナルジオグラフィック国際フォトコンテストやレンズカルチャーアースアワード、ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤーほか数多くの国際写真コンテストに入賞。作品は国連気候変動枠組条約締約国会議やロンドン自然史博物館、米国立スミソニアン自然史博物館などに展示されている。

https://www.yosukekashiwakura.com/

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