豊かな水が育んだ
神々しい自然伊豆諸島有人島の1つ、四方を断崖絶壁で囲まれた御蔵島。当然ながら天然の良港はなく、北西部に突き出た桟橋が船との唯一のアクセスポイントとなっている。東京からの定期便は1日1往復あるものの、晴れていても風の影響で接岸できないことも多い。
それでも、この島はたくさんの人を惹きつけてやまない。人口300人ほどの小さな村に、2022年には年間5258人の観光客が訪れた。今や島の代名詞となったイルカウォッチングだが、それと並んで手つかずで残る自然が人びとを魅了する。
海上から見る御蔵島は海に浮かんだ森のようでもあり、しばしば“東京都の秘境”と呼ばれる。雄大な自然を育んできたのは、恵まれた水資源だ。年間降雨量の多さに加え、黒潮によって運ばれた暖かい風が海蝕崖にぶつかって一気に上昇して上空で冷やされ、高頻度で濃霧が島の山間部を覆う。このため木の葉や枝についた霧が水滴となって雨のように流れ出る「樹雨(きさめ)」が発生。潤沢な地下水が蓄えられ、島民は水に困ることはない。断崖のあちこちから滝が海に流れ込むのも御蔵島ならではの光景である。水は樹木にも恩恵を与えた。御蔵島は全国でも有数の巨樹群生地であり、いたるところに原生林が広がる。幹の周囲が14メートルもあるスダジイ(大ジイ)が根を張る南郷の森は山歩きの入門コース。これらの巨樹群を見るために足を運ぶ観光客も数多い。ツゲとクワは古くから島の特産品になっており、希少な最高級木材として取引されている。
御蔵島と神津島にのみ生息するミクラミヤマクワガタ、御蔵島固有種の蝶、ミクラクロヒカゲなど昆虫も個性豊か。植物も負けてはいない。比較的行きやすい場所でも絶滅危惧種のサクユリやハチジョウコゴメグサ、オオタニワタリなどが自生し、山に登ればショウジョウバカマなどの高山植物にもお目にかかれる。かつては島の随所に咲いていたニオイエビネは乱獲の影響でほぼ絶滅したが、島ではわずかに残った野生種を集めて「えびね公園」で大切に保護している。